日本企業に来て最初に驚いたのが、出世の不透明さ。なぜあの人がなんてのはざらです。
成果主義なんて役にたたない?
出世するかしないかは、上司の評価によります。評価は多くの場合、なんとなく定量化された指標で行われます。
一時、流行った成果主義なんかだと、なにからなにまで定量化します。売上の伸び、利益率、営業の訪問回数、はては部下との面談回数まで。
この成果主義もリーマンショック等々で「それほど役に立たないんじゃない?」という風潮になります。
ある指標を評価対象に設定して、そこに重みを置きすぎると、社員はそれを最大化することに集中し結果として良くないことが起きることがままあります。
例えば、単年で売上、利益を最大にするために、しょうもない商品を売り続けて、数年後に倒産ということも十分にあります。
サブプライムローン売りまくったセールスは当時、ものすごく評価されたはずです。でもその後数年で会社は痛い目にあいましたが。人間が予測できる未来には限界があるのです。
評価の大半は環境要因
成果主義が以前ほど幅を利かせなくなったのは確かだと思いますが、それでもまだ結構な割合で成果に基づいた指標は残っています。
売上の成長率、利益率の改善度合い等々、わかりやすい指標は依然として残っています。
で、これらの指標ですが、基本的にはほとんどが環境要因です。特に、日本で歴史のある会社になると、成熟産業で個人の裁量で大きく売り上げが変わることはありません。また、競合や市場そして、為替の影響などで成果の指標は大きく左右されます。
こういった外的要因に左右される指標で、その人物の評価の大きな部分が決まります。日本企業の場合は、本人の希望でその部署に異動したわけではなく、将来のキャリアを考えてとか、前の部署で嫌われてなんかで異動することも多々あります。
たまたま行った部署で、たまたま業績が良い・悪いで、評価が大きく変わることになります。そしてそれは、将来の出世に影響を与えます。
こうなるとほぼ運です。
まあまあできるレベルではだめ
とは言え、どこの会社にも抜群にできるやつというのはある一定数います。そういった人は、どこに行っても輝いていますし、会社としても将来を見据えて異動させるので、それほどはずれません。
一方で、まあまあできるくらいの社員だと、どこに異動されるか、そしてその先の事業の業績はかなりの割合が運に左右されます。
どうにも売上も利益も上がらない部署で、奮闘し5年を費やした結果が、事業閉鎖。同期はさっさと出世しているのに、自分はヒラのまま、なんてのも良く見かけます。
「失敗した社員ほど貴重な人材だ!」
なんてのは、一部の目をかけられたエースのみです。それ以外は単なる出世できない失敗者です。
今すぐ辞めるべき
さて、こんな話を、スタートアップや外資系の人々に話すと、
「そんな自分でコントロールできない要素に左右されるリスクの高い状況なら即辞めるべき」
とか、言われます。おっしゃる通りで、自分のコントロールできずに50代に突入するなんてリスク高くで馬鹿みたいな状況ではあります。
でも、出世さえあきらめでば、日本企業独自のゆったりとした時間のなかで、予期せぬ出世レースが繰り広げられるのを横目で見ているのもなかなか楽しいものです。
(今の自分はこんなところですかね。)